スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

月と狼と秦氏

三位一体の王族・官僚・テクノクラート

狛犬と稲荷の正体は狼だったのか



読者の皆さん、こんばんは。

亀トの起源を遡って、殷まで辿り着きました。

日本神道の本質は陰陽道であり、その奥義は亀トです。

万世一系の意味は、陰陽道の継承に他ありません。
 
#mikoshi

今後は殷のルーツを辿る事で、陰陽道の発祥の地を少しずつ探求していきたく思います。

私の妄想では、シュメール→メソポタミア→ペルシアへと継承されてきた西アジアの文明が陰陽道と関わりがある様に思えるのです。

勿論、北方騎馬民族と称されていたスキタイ・匈奴の影響は極めて重要な手掛かりとなるでしょう。

これらの探求は、日本国のルーツを解明する事にも繋がります。

即ち、厚いベールに包まれた謎多き古代日本史の真相が判明する事によって、現代社会の抱える問題の核心に迫る事が可能となるのです。


(下画像:埼玉県日高市高麗神社


#koma

私個人は、シュメールが日本の起源とは思っておりません。

シュメール発祥の文明の影響を受けている事は疑いませんが、あくまでも現時点で世界最古の文明とされる日本列島古来の縄文文明がベースであると思います。

世界4大文明発祥を遥かに遡る1万5千年前に形成されていた縄文ネットワークは、日本列島に留まらず世界中に張り巡らされていた事でしょう。

私達は洗脳された認識から脱却しなくてはなりません。

余談ですが、今から1400年ほど前まで、日本海には大きな島があったかも知れません。

参考:日本海にあった 『弊賂弁島』 『渡島』 と 駒ヶ岳の名前

補足事項:「しんかい2000」による日本海大和堆の地質学的研究


#koma002

縄文人は狩猟民族で竪穴式住居で生活していた訳ではありません。

稲作、養殖の技術もあり高度な建造物も構築していたのです。

日本列島の先住民は、明らかに縄文人です。

私達が勘違いする事の一つに、「朝鮮半島から渡来した」との語句があります。

この言葉の意味は、「朝鮮人が日本に来た」と言う事ではありません。

朝鮮半島は、ユーラシア大陸各地から日本列島に至る際の経路の一つに過ぎません。

エジプトからでもインドからでも、朝鮮半島経由で渡来可能なのです。

(下画像:高句麗古墳群)
#koukuri003

そもそも縄文文明には、国家の概念はありません。

縄張りが無い訳ですから、世界中自由に移動していたのでしょう。

王族(支配階級)が農耕民族を支配している証が国家という縄張りなのです。

基本的に、その土地の原住民である農耕民族は、天変地異や気候の激変、若しくは戦乱でも無い限り移動する事は無いのです。

しかしながら、元来は狩猟民族であったと思われる王族(支配階級)は獲物を追って移動するのが当たり前です。

(下画像:朝鮮半島の前方後円墳)
 
#zenpoukouen

そして獲物(農耕民族)が少なくなると、権力闘争が勃発。

権力闘争に敗れた王族(支配階級)は、新たなる獲物(農耕民族)を求めて移動するのです。

つまり、王族とその親族、国家を運営する官僚と軍事力を支えるテクノクラート の集団が特権階級として君臨し続けているのです。

我々人類も本質においては、肉食系と草食系に分別されます。

草食系は農耕型であり搾取される対象です。

くどい様ですが、王族(支配階級)は、時代と共に移動を繰り返しております。

支配階級は日本人でも朝鮮人でも中国人でもありません。

あくまで、王族なのです。

日本列島に住む先住民の歴史と、支配階級の歴史は全くの別物です。

(下画像:古代ユダヤ12支族の紋章)
 

#yudaya12

前回の記事で、西アジアの大月氏が秦氏のルーツとされている事を書きました。

秦氏と言えば、八咫烏 (やたがらす)との関連が指摘されておりますが本来のシンボルは狼です。

狼(おおかみ)が大神(おおかみ)として崇められているとも言われております。

月読神との関係で考えますと、満月と狼がリンクする事に気が付きます。

参考:ベニヤミン族(秦氏)のトーテムの狼(大神)で ある

余談ですが、秦氏がベニヤミン族ならば、藤原氏はナフタリ族なのかも知れません。

ヤマタノオロチはダン族なのでしょうか・・・

参考:稲荷神は狼だったのか?


#koukuri004

高句麗(こうくり)の正式な日本語読みは「高麗」若しくは「貊(狛)」と書いて「こま」と読みます。

つまり、神社の狛犬は高句麗と狼の象徴なのです。狼は山犬とも称されます。

埼玉県の三峯神社では、狼が祀られております。

(下画像:高句麗の古墳壁画)
#koukuri001

日本列島には、現在に至るまで大陸での権力闘争に敗北した「王族」・「官僚」・「テクノクラート」の三位一体の集団が数多く存在しているのです。

三種の神器の由来は、満月(鏡)・勾玉(三日月)・鉄(剣)であり、高天原とは月なのかも知れません。

更に古代朝鮮半島と中国東北部(旧満州)を支配していた高句麗の国鳥が、烏(からす)であった事を再認識して、今回はお開きとさせて頂きます。

色々ありますが、私は日本が好きです。

妄想にお付き合い頂きましてありがとうございました。

おまけ:大神(ゲーム)

スポンサーサイト

陰陽道秘伝亀トのルーツ

ウイグル自治区の亀茲古代遺跡

万世一系とは、亀ト一族なのか?   



読者の皆さん、ご無沙汰しております。

約3週間ぶりの更新です。

GW中に体調を崩しまして、更新が滞ってしまいました。

気力が戻ってきましたので、再び個人的な妄想をお楽しみ頂けると幸いです。

今回は亀トのルーツを調べて見る事にしたいと思います。


#gozu


三貴子でもある月読神から、月の女神へ。

そして壱岐へと辿り着きました。

どうやら、現在の壱岐島を中心とした地域が弥生時代以降の日本国の形成に大きな影響を及ぼした模様です。

前回の記事では、「一」・「壱」・「委」・「伊」・「倭」について述べました。

全て「イ」と読める事を今一度、思い出して下さい。

読者の皆さんは、「金印」を御存知かと思います。

参考:漢委奴国王印


#kinin



魏志倭人伝では、卑弥呼は曹操の孫である曹叡から親魏倭王 の称号を得、金印を送られたと伝えられております。

そうです。

あの三国志の曹操です。

この辺りの歴史については、歴史学者の方々が延々と議論し未だ結論が出ていない微妙な問題なのです。

何故、結論が出ないのでしょうか?

私の推測ですが、この時期の歴史を明らかにしてしまう事は現代日本のルーツが判明してしまう事だと思われるのです。

あらためて、素直な気持ちで感じるままに書いて見ます。

漢委奴國王印

これは明らかに、当時の後漢に従っていた委奴國である事を示す印です。

基本的に、「王」は「帝」より地位が低いのです。

次に下の地図をご覧下さい


#ajia2 



黄緑色のクシャーナ朝の北方に大月氏。

この大月氏こそ、秦氏の祖先とも言われております。

参考:月氏

大月氏の更に北方に伊利(イリ)。

さて、こんな記事がありました。

参考:乳製品大手の中国・伊利集団、被災地に3200万円相当の粉ミルク支援

どうやら、イリは牛と関連がありそうです。

伊利集団につきましては、機会がありましたら詳しく触れたいと思います。

この伊利も日本と深い関わりがあります。

恐らく、スサノオ神のルーツと思われます。

参考:牛頭天王
#ushi



伊利の南東には亀茲(きじ)

今度は、亀です。

この亀茲国の王族が、蘇我氏のルーツの様であります。

仏教発祥の地ですから、蘇我氏が仏教に熱心だったのは当然です。

下画像:キトラ古墳 壁画 玄武

#kitora



亀茲の北方には、北匈奴があります。

話が脱線してしまいましたが、伊利と匈奴。

つまり、漢委奴國王印の「委奴」のルーツは「伊利」と「匈奴」だと推察されます。

即ち、後漢の帝が伊利と匈奴の統一王に送った称号が漢委奴國と思われます。

したがって、日本列島で漢委奴國の場所を探しても不毛な訳です。

やがて、後漢は滅亡。

委奴(イト)は、伊利(イリ)である事を知られたく無いが為に、頭文字のみの委・伊を用いる様になるのです。

余談ですが、伊利の「利」は後の「李」に繋がりそうです。

「李」は、言わずと知れた李王家のルーツと考えられるのです。

親魏倭王の「倭」は、「委」と同様と考えて良いでしょう。

この「イ」は、朝鮮半島経由で日本列島に流入した事でしょう。

本来、倭とは私達の認識をはるかに超えた広大な範囲を意味するのです。


#kame001


亀ト占いのルーツは、古代中国大陸に栄えた (イン)。

殷は、甲骨文字で知られております。

それと同時に、シャーマン国家であったことが判明しております。

参考:亀甲獣骨文字 (きっこうじゅうこつもじ)

下画像:殷墟 博物館正門(中華人民共和国河南省安陽市)

#inkyo


下画像:殷墟博物館入口
#inkyo2


あまり知られておりませんが、日本の飛鳥池遺跡・酒船遺跡では、亀形石が発見されています。

改めて考えてみますと、伊勢も出雲も「イ」でありイザナギもイザナミも

「イ」なのです。

殷のルーツを辿る事で、日本の歴史の全容が判明してくると思われます。

下画像:酒船石遺跡 (さかふねいしいせき)奈良県明日香村



#kameishi


万世一系の本質が、うっすらと見えてきた様な気が致します。

次回は殷のルーツを辿ってみたいと思います。

それにしても、殷墟博物館は神社の鳥居に良く似た建造物がある事が判って少々驚きました。

ウイグル、四川、中国粉ミルク・・・

久々に動画を作成してみましたので、気が向きましたらご覧下さい。

今回も古代史妄想にお付き合いして頂きましてありがとうございました。



検索フォーム
プロフィール

kenshin_bishamonten

Author:kenshin_bishamonten
BLOGZINE版及びアメブロ版読者の皆様へ

アメブロ版のミラーブログでしたが、諸般の事情により2013年9月以降新規更新はFC2版にて行います。
今後とも宜しくお願い致します。

毘沙門天謙信

最新記事
カレンダー
04 | 2013/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
フォローお待ちしております
アクセスランキング
[ジャンルランキング]

77位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史ミステリー
3位
アクセスランキングを見る>>
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

煩悩くん フルスロットル

高度自給自足時代の夜明け 【先進国の未来像】

MAGICA魔法入門カバラ~真を見抜く法

朝霧の中で
RSSリンクの表示
QRコード
QR
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。