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地球原住民の生き残りが日本人(9)

弥生人の正体を徹底究明!


縄文人と弥生人の本当の違いとは?


これまでの私のブログの中で天孫降臨の地は高天原であり、その場所は飛騨(岐阜県)である事を主張してきました。


そして日本人は大陸からの渡来人では無く、縄文人が祖先である事を立証してきました。


現在の文明社会における最古の縄文土器。


少なくとも1万6000年前と判定されている青森県での縄文式土器発見で、世界4大文明の定説は崩壊しております。


そして、飛騨の地で代々上方様(うわかたさま)と呼ばれる苗字を持たない家系が大陸からの侵攻から日本列島を護るため国造りを始めたのです。


その家系こそが、天照大神を祖とする天皇家の始まりなのです。


よって、天皇家とは日本人の総本家であるのです。


この縄文人を日本人の祖先とするならば、弥生人とは何者なのでしょうか?


そもそも縄文人と弥生人は何が違うのか、おさらいしてみましょう。


(左:縄文人 右:弥生人)



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


(写真下:縄文時代の土偶)




噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


学説では、遺跡等の発掘状況から縄文人は狩猟民族であり弥生人は鉄を用いる農耕民族であったとされております。


個人的にもこの見解に、あえて疑問を挟む事はありません。


その他に何が違うのでしょうか?


決定的な違いは、遺跡の発掘年代と地域です。


大まかに申しますと縄文時代は、今から約1万6000年前の昔から紀元前300年までの期間です。


以前は1万年前とされておりましたが、縄文土器の発見によって縄文文明の発祥はかなり遡っております。


参考:縄文土器


一方、弥生時代とは紀元前300年以降とされております。


土器も大きく変化しております。


縄文式土器から弥生式土器へと変わっていきます。


(写真下:上段-縄文土器/下段-弥生土器)


噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)

噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)




そして鉄の時代の到来です。


そして長い狩猟の時代から農耕の時代へと変化してきたのです。


農耕になりますと収穫も安定して定住となります。


人口も増加する事となります。


食物連鎖の世界から農耕の世界へと変貌していったのです。


食生活が変化すると体格も変化します。


つまり骨格も変わるのです。


この様に長い時の流れの中で、縄文人と弥生人と呼ばれるほど異なる骨格になっていったのです。



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


単純に考えてみましても江戸時代と現代でも日本人の体格はかなり異なっております。


こうした状況を考えますと、縄文人と弥生人は異なる種族ではありません。



簡単に申しますと縄文人が弥生人に進化していったと考えられます。


この事を実証出来るのが、以前御説明した日本人の脳の特異性であります。


世界唯一と言われる日本人の脳構造は、縄文人と弥生人が基本的には同じ日本人である事を物語っております。


地域的にみますと、縄文文化は東日本を中心に栄、弥生文化は西日本を中心に栄えてきております。


参考:縄文時代人と弥生時代人  




噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


やがて弥生人は、その勢力を拡大していきます。


弥生時代の到来で狩猟中心の縄文文化は北方へと追いやられる事となります。


これは文明の進化の過程なので自然の成り行きです。


弥生人が縄文人を虐待している様にも感じますが、そうではありません。


長い時の流れの中で、縄文文化から弥生文化へと変化していく過程なのです、


いつの時代になっても、昔の風習を大切にしている地域はあります。


弥生文化が定着してきても田んぼや畑を耕すのは馴染まない人々もいたのです。


そして現在、日本には狩猟民族はおりません。


この様に、大陸の文化を受け入れた縄文人が弥生人だと思われます。


当然、大陸との交流は深く混血もあったと思われます。


そうした弥生部落が西日本を中心に、いくつもの村を形成していったのではないでしょうか?


(人口分布図 縄文中期・後期)


総人口26万1300人(東日本25万1800人・西日本9500人)


噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


(縄文遺跡分布図)





噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


弥生の人々は鉄が武器にもなり、農耕の土地を他の村から守ってたと思われます。


やがて村は、統合されて小国が乱立している状態に変化していったのでしょう。


そして狩猟を中心に生活していた縄文部落の住人は、農耕中心の鉄を得た弥生の勢力に圧倒されていったのだと思われます。


(弥生時代遺跡分布)


噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)




縄文文化は北へ南へと追われていきます。


琉球・薩摩隼人やアイヌは南方系縄文、北方系縄文の名残かと思われます。


事実、近年の最新のDNA研究でもこれらのを裏ずける研究結果が出ております。


日本男子のY染色体DNAは世界中で日本人しか持っていないD2系統を保有しております。


この事は、D2系統遺伝子が優勢であって混血を許さない遺伝子であると推察されます。


参考:日本人




噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


さらには、日本各地に被差別部落と呼ばれる地域があります。


こうした地域も縄文の伝統を受け継いだ地域と思われます。


実は、この縄文文化と弥生文化が天皇家に大きく関わっております。


東日本と西日本と言っても良いでしょう。


天照大神とスサノオ。


伊勢神宮の内宮と外宮。


伊勢派と出雲派。


東京と京都。


そして天皇家の表と裏。


全ては敵味方や善悪とは違い、表裏一体の日本民族の実態であります。


残念ながら、日本の歴史は縄文と弥生の対立の歴史とも言えるでしょう。


こうした対立に付け込んで諸外国が関わっています。


どちらが良くてどちらが悪い訳でもありません。


日本という国はそういう国なのです。


縄文と弥生が融合した時こそ、日本の真価が発揮されます。


籠目籠目


籠の中の鳥はいついつ出会う


夜明けの晩に


鶴と亀がすべった


後ろの正面誰


次回は天照大神から弥生による大和朝廷設立までを振り返ってみたいと思います。


読んで頂いてありがとうございました。




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