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あなたの知らない日本とポーランドの関係

司馬遼太郎が「坂の上の雲」で伝えたかった真実


ポーランド救国の英雄の子孫は日本で暮らしている?


読者の皆さん、こんばんは。


連日の原発報道のいい加減さは、増々エスカレートしてまいりました。


もはや真実は何だか判らなくなっております。


とにかく被災された方々の生活再建を第一優先に、政府の迅速な対応を促すしかありません。


本当に日本政府は、日本人を虐げている様にしか見えません。


日本の古代史を探れば探るほど、日本という国がとてつもない国家である事が判ってきました。


権力欲と復讐の怨念が渦巻く闇の世界。


あまりに凄まじく、人間離れした思考に呆然としている昨今であります。


これらの思考は、日本人の「和の心」と余りにかけ離れております。


闇も覗きすぎると気分が悪くなってきますので、今回は少々違った話題で書いてみたいと思います。



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


皆さんは、司馬遼太郎 をご存知でしょうか?


私は文学中年ではありませんでしたので、お名前以外の詳しい人物像は知りません。


もちろん顔を思い浮かべる事も出来ません。


「坂の上の雲」という作品も、残念ながら読んだ事はありません。


司馬遼太郎の作品は、40代半ばの私が生まれたばかりの頃の作品ばかりであります。


小学生の頃から「ムー」を読んでいた変わり者の私にとって、著名作家の作品は殆ど御縁が無かったのです。


それでは、司馬遼太郎について学んでみましょう。


司馬遼太郎は産経新聞社で勤務していた経歴を持っております。


作家としての代表作には、「梟の城 」・「国盗り物語 」・「竜馬がゆく 」・「坂の上の雲 」等があります。


映画、大河ドラマ等で大ヒットした名作です。


そう言えば「梟の城」は、レンタルで見たような気がします。


(写真下:映画 梟の城1999年公開)



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


本日は、「坂の上の雲」とポーランドとの繋がりについてご紹介させて頂きます。


「坂の上の雲」は、明治時代の日本近代化の幕開けを描写しており後半は日露戦争 がテーマになっております。


当時のロシア皇帝はニコライ2世


ロシア将校の皇帝に対する忠誠心は、とても高かった様です。


しかしロシア軍の上層部は、皇帝に媚びへつらう自己保身優先の宦官の様な存在だった様であります。


まぁ良くある話です。


この忠誠心の高いロシア兵が、日本軍に続々と投降してきた模様です。


この投降兵達は、現在の四国の松山市にある捕虜収容所に集められて捕虜とは思えないほどの候待遇で迎えられたそうです。



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


この辺の内容については、「坂の上の雲」に描写されているそうです。


なにしろ私は読んでいないので、近いうちに読んでみたいと思います。


さて、問題は何故に忠誠心の高いロシア兵が簡単に投稿してきたのでしょうか?


そして当時の日本は何故、彼らを温かく迎えたのでしょうか?


ここに歴史の面白さがあります。


司馬遼太郎は、これらの謎には触れておりません。


むしろ、意図的に触れなかったのでしょう。


司馬遼太郎が私達に伝えたかったメッセージは、なんでしょう?



噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)


実は最近知ったのですが、投稿してきたのはロシア国籍の兵士では無くポーランド国籍の兵士だったそうです。


ロシアの植民地であった当時のポーランドの人々は、ロシアにとって辺境の地である日本との戦争に送り込まれたのです。


つまり危険な最前線に送り込まれていたのは、ポーランド人です。


したがって、彼らにロシア皇帝に対する忠誠心などある訳が無いのです。


この実態が、戦わずして投稿してきた理由と推察されます。


日本としても、ポーランド人に対しては寛容だったのです。


ロシア軍の最前線にいたポーランド人は「マツヤマ」と言う合言葉で、日本軍に投降したそうです。


日本軍は彼らを温かく迎えた様であります。


日露戦争で敗北したロシアは、やがて内戦状態となります。


この混乱時に、シベリアに抑留されていたポーランド人の孤児達2900人を救ったのも日本人だそうです。


参考:小説ワルシャワ物語


第一次世界大戦後、ポーランドは独立を回復します。


ポーランドの初代大統領であったユゼフ・ピウスツキ


(写真下:ヨゼフ・ピウスツキ)




噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)



このピウスツキ元帥の兄である、ブロニスワフ・ピウスツキ もシベリアに流刑。


しかしながら、ロシア革命 の混乱に乗じて脱出。


南樺太(現在のサハリン)に逃れます。


そして妻を娶り、その子孫は日本に在住されているそうです。


参考:ピウスツキの蝋管蓄音機


一方、ユゼフ・ピウスツキの死後3年。


今度はナチスドイツがポーランドに侵攻。


第2次世界大戦後、ポーランドはロシアの属国になってしまいます。


そして時は流れ、1989年のソビエト崩壊によってポーランドに自由が戻ります。


長く辛い試練を乗り越えて、やっと獲得した独立国の座。



(写真下:ポーランドの首都 ワルシャワ)






噂の真相-真実を追い求めて(アメブロ版)



以上が、私達日本人が殆ど知らなかったポーランドとの深い関係であります。


現在でもポーランドの人々は、日本人に受けた恩は忘れていない様であります。


日本に対してとても友好的なポーランド。



もう少しポーランドの事を知りたくなってしまいました。


歴史の片隅に埋もれていた「光明」を発見した気持ちであります。


真の友好とは、金銭的な繋がりでは無いはずです。


相手が困っている時に、見返りを求めずに助け合える関係こそが信頼関係を生み、真の友好関係となるのだと思います。


最後まで読んで頂きましてありがとうございました。


(敬称略)



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